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2011年2月 6日 (日)

浅間山荘事件 2月6日

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 永田洋子と言っても今瞬時に分かる人はそう多くないであろう。過激な学生運動が行われていた時代の象徴(シンボル)として彼女は存在した。

特に赤軍派と呼ばれるグループの行動は我々の目を疑った。

 安保闘争などをきっかけに学生運動は過激さをましていった。この運動はある意味で表面的・対外的に見て彼らの敗北であった。

 内にこもっていった。その内容が明らかになるにつれてその残酷さが表に出てきた。そして「大量リンチ」が話題をさらった。

 同時にある一派は飛行機を乗っ取り「北朝鮮」へと亡命した。この事件もまだ解決していない。あるスジの情報では北朝鮮では「厄介者」になっているという。

 

 連合赤軍の首謀者、永田洋子は

 

永田洋子死刑囚が死亡 連合赤軍事件で大量リンチ

 1972年5月、警視庁に移送される元連合赤軍幹部の永田洋子死刑囚の写真が朝刊に出ている。

 この時を私は忘れられない。アメリカへ留学した時である。

彼女の晩年が新聞に出ている。

 永田死刑囚は84年に脳腫瘍の手術を受け、寝たきりの状態が続いていたという。(共同)

 

元連合赤軍幹部の坂口弘死刑囚(64)の名も鮮明に思い出される。

 

 この事件は急速に我々の意識から消えていった。現在の学生の「大人しさ」を考えると何ともコメントのしようがない。

 私の教え子の一人も純粋に学生運動に加わりその組織の犠牲になった。

この赤軍派の行動をもう一度お復習いする必要がある。

 

 

 

 

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